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「なんかいいな、こういうの」 「?」 向かいに座るミレーユが何が?という風に小首を傾げた。その自然な様が小動物を思わせるようで図らずも笑みがこぼれる。 「特にすることはないけど、二人でのんびりできるのがなんだか楽しい。当たり前に二人で居れるのが嬉しい」 午後の昼下がり、愛しい恋人と向かい合ってコーヒーを啜る。世界が平和になって、あの目まぐるしく過ぎていった日々が終わり今ではこうしてのんびりとした時間を過ごすことができる喜び。それは彼女の隣にあることを願い続けたあの頃は想像もしなかった感情。欲しくて欲しくてたまらなかったその場所に立つことを許してくれたのは他でもない目の前の愛しい人。際限なく込み上げてくる愛しさはとどまる事を知らない。 「イザは本当に思ったことをそのまま口にするんだから」 見れば目の前の彼女は少し頬を染めながらムッとした顔でこちらを見ていた。 「?何か気に障ったか?」 「そういうわけじゃないけど・・・。なんだか、照れちゃう」 フイっと視線を横にずらして彼女が言った。頬は赤いままだった。可愛い。イザはニッと満面の笑みをかえした。どうしてこうも一挙一動で自分の心を幸福感で一杯にしてくれるのだろう。笑っても怒っても泣いても、その感情のすべてが自分に向けられたものであることがイザの心を満たしている。そうしてその溢れんばかりの幸福感にイザはしばし酔いしれながら目の前に置かれた甘い甘いコーヒーに手を伸ばす。 彼女の入れてくれるコーヒーはおいしい。自分の好みに合わせて甘さを調節してくれているのが嬉しい。自分の好みをわかってくれていることも。たかがコーヒー1杯なのにこんなにも自分を幸せな気分に浸らせてくれる彼女はすごいと思う。そんな彼女はコーヒーはブラックである。ミルクも砂糖も入れずにそのままの苦さを好む。ガンガンに甘くしたものを好む自分にはまだまだ到底理解できない味である。 「苦くない?」 「え?」 「コーヒー。ミレーユはブラックだろ?苦くないの?」 「ああ、コーヒーね」 質問の意図を理解したミレーユがふわりとやわらかい笑顔をのぞかせた。 「ずっと何も入れずに飲んでたからもう慣れちゃったかなぁ・・・。苦さも、慣れれば癖になるって言うか・・・」 「ふ〜ん」 「イザは、苦いの駄目だものね」 ウフフとミレーユが笑う。 「ま、俺は子供だからね」 「もう、そんなつもりで言ったんじゃなくて。ああもう拗ねないで、お願い」 「そんなこと言って、本当はどう思ってるんだか」 これはただの言葉遊び。お互い本気じゃないこともわかっている。わかっていながら敢えて拗ねたふりを続けてみただけだ。 「ねぇ、大丈夫よ。イザにもきっと飲めるわ。意外と美味しいんだから」 差し出されたカップはミレーユに少し飲み干され中身が半分ほどになっている。ミルクや砂糖で茶色く柔らかい色になった俺のコーヒーの横に置かれた黒みがかったコーヒー。折角だから一口飲んでみようか。そっとカップを持ち上げ恐る恐るその液体を口に含む。 「っっっ苦!!!」 やはりというかなんというか、口含んだそれは少しも甘くなく妙な苦さが口いっぱいに広がる。顔をしかめうえ〜っと舌を出せばミレーユがコロコロと笑った。 「イザったらひどい顔。そんなに駄目だった?」 「あ〜無理。やっぱり俺はお子ちゃまだな。無理無理こんなの一生飲めない」 「そう?美味しいんだけどな・・・」 「ミレーユはブラックしか飲んだことないんだろ?そりゃあ俺とは初期値が違うぜ」 急いで自分の甘い甘いコーヒーを手に取り口直しをした。やはり甘い。甘いが自分にはちょうどいい。苦さはほんの少ししか感じられない。 「ふ〜ん。でも私もちょっと甘いコーヒー飲んでみたいかも」 今度飲んでみよう、とミレーユは一人頷いている。その様子を見て閃いた俺はミレーユをちょいちょいと手で呼んだ。 「なぁに?」 「いいからちょっと顔近づけてみ」 「??」 不思議そうに自分の顔をこちらに近づけてくるミレーユ。視界一杯に彼女が広がった瞬間、その少し開いた唇を掠める様に自分のそれと重ね合わせた。ちゅっという音とともに離した唇。目の前の彼女は目を丸くして固まっている。どうやらたった今なされた行動に思考がついていっていないらしい。 「どう?甘かった?」 呆然と思考の渦に取り込まれている彼女を現実世界へ引き戻す一言。ハッとした彼女がしてやられた、という表情でイザを睨み付けた。正直、全く怖くなかったが。むしろ可愛い。やはりどんな顔をしても可愛いのだ。自分にとって彼女はそういう存在なのだと改めて自覚した。 「ええ、とても甘かったわ」 ムスリと一言、言うが早いが彼女はすっと立ち上がり残りのコーヒーを飲み干した。そうして自分の横にすっと立った。次の瞬間、おもむろに顎をカップを持たない彼女の左手で持ち上げられた。そうして、え?と発する前にすばやく唇を奪われた。口や鼻腔に広がるコーヒーの苦味。そこにかすかに甘い香りも混ざっていた。知っている。これは彼女の香り。不思議なもので特に香水をつけていないはずの彼女は傍によるといつも甘くてやわらかい香りがするのだ。苦いだけのはずのコーヒーに彼女の甘い香りが混ざり合ってクラリと刹那的に意識を奪われた。 フッと離れた離れた彼女を唖然として見上げると普段は見ることのできない意地の悪そうな満面の笑みがそこにあった。 「こうすると苦味はちょっと消えるでしょう?」 「っっっ・・・!!!」 鼻歌交じりに炊事場へ向かう彼女をよそに、まんまと返り討ちにあった俺は返す言葉もなくただ椅子に座ったまま動けなかった。 まだ微かに残る苦さと甘さに体温が急激に上がっていくのを感じた。 「確かに、癖になりそうだ」 赤くなった顔でボソリと呟いた言葉が彼女に届くことはない。 【END】 2010.3.28 遅くなりましたがキリ版を踏んで下さったゆうりさんへ捧げます^^やられっぱなしのミレーユ嬢ではないのです。 ちなみに私はコーヒーが飲めない |