single minded  *1つの目的をもった*ひたむきな*誠実な




























「何してんのさ」

唐突にかけられた聴きなれた声。
決して高くはないが暗闇でも凛と響くハスキーボイス。

ああ、露峰だ。



8月。盆前。夜中。
合宿の真っ最中。
脅し、びびらせ、強制的に全員参加させた夏合宿。


夏休みに入り、オレを含むカメレオンズのメンバーは毎日毎日露峰の考えた殺人メニューで死ぬほどトレーニングをしてきている。
日中の激しすぎるメニューのおかげで夜中にバイクを走らせようなんて元気のある奴は、いねぇ。
と言うか、きちんと睡眠をとらないと翌日も続く殺人メニューで文字通り殺されちまうから。
オレだって例外ではない。


ただ、今日は(つってももう昨日か)何となく眠れなかった。
目が冴えてしまって布団に入っても眠気すら襲ってこねぇ。
どうせ眠れないのなら夜風にでも当たってくるか、と外へ出てきたのだった。



声をかけた主の足音が近づいてくる。
見ると、やはり露峰だった。
まぁ、オレがあいつの声、聴き間違うはずねぇけど。
すぐそばまで来た露峰の身体を何の気なしに抱き寄せ、唇を奪おうとする。
そこで、静止が入った。

「ちょっと葉柱。聞いてんのか?返事しろよ」

手で、近づける顔を遮られ、キッと睨まれる。

「んだよ・・・・。・・・別に・・・・ちょっと眠れなかったから外出てただけだよ」
キスを拒まれたことに若干不機嫌になりながらも答えた。
「ああ?合宿も半ばでホームシックかい?」
軽口を叩きながら露峰が見上げてくる。
口元が皮肉めいた笑みを浮かべている。





上弦の月。
薄明かりに照らされる露峰の顔に化粧はされておらず、もちろん真っ赤な口紅も引かれていない。
よく見れば端正な、何も飾りつけられていない素顔が眼に映る。
美人、の部類に入るのだと思う。
口が裂けても言わないが。


「カッ。ホームシックって、そんな年かよ。冗談きついぜ」
「そ?」

月明かりの下でニッと笑う露峰。
さっきの皮肉めいた笑みとは違う、いたずらが見つかった悪ガキの様な笑み。

「お前こそ何だよ。そっちこそホームシックなんじゃねぇの?」

軽口の叩きあい。
オレらの会話を成立させていく常套手段。
こいつとのこういうやりとりは嫌いじゃない。
お互い本気で言ってるわけじゃないことくらいわかってるし、最近では行為自体を楽しんでいる自分にも気がつく。


「ばーか。手洗い場に行こうとしたらこんな夜中に外に出てるバカが見えたから様子見に来てやったんだろーが。ちゃんと身体、休めろよ。あたしに人殺しさせる気かい?」
「何だよ。殺人メニューだってことはちゃんとわかってんじゃねーか」
「当たり前だろ。ちゃんと殺人 ギ リ ギ リ メニューだってことはわかってるさ」

ギリギリを強調して露峰が答えた。

「カッ。だったらもう少し楽なメニューにしろよ。本当に死人が出んぞ」

吐かれる言葉が軽口なら返される言葉も軽口。
どうせまた、返ってくるのは毒舌軽口だろうよ。

「嫌だね。」


そらきた。
こっから倍返しの文句が返ってくるに違いない。


「ギリギリまでやんなきゃ、行けないじゃないか」


・・・・・?

予想していた類の言葉の変わりに放たれた言葉の意味を理解できずに無言で露峰を見つめた。
そこには先程までの砕けた表情はなく、ただ、まっすぐに自分を見据える露峰の瞳があった。


「こうでもしなきゃ、行けないだろーが。クリスマスボウル」


オレの表情から言葉の意味を理解できてねえと踏んだのか、もう一度はっきりとオレを見て言った。



クリスマスボウル。



一瞬戸惑い、返事が出来なかったのは、その単語をこいつの口から聞いたのが初めてだったからだろうか。
それとも他に何か理由があったからなのだろうか。



「あ・・あぁ?や、まずオレらは泥門だろうが。泥門を試合でぶっ殺すんだよ」
なぜか、しどろもどろににしか話せない。
背中を嫌な汗が一筋流れたのを感じた。
「だから、泥門ぶっ殺して、クリスマスボウルだろうが」
変わらぬ口調でなおも言葉が放たれる。


「・・・・・・・・」


ああなんでオレは黙ってるんだ。
頭がクラクラする。
何が、どうして、オレは、こんな・・・。

だいたい俺はこいつにクリスマスボウルの話をしたことは1度もねぇ。



「クリスマスボウルって・・・。オ、オレらはまず、泥門・・・だし。それ以前に・・・・チームのまとまりから・・必要だろうが」

相も変わらず情けなく、途切れ途切れにしか言葉は出ねぇ。
言ってる内容にも少なからず情けなくなる。
チームを、作るところからだ。オレらは。


部員がアメフトをやるために集まったんじゃねえことくらいわかってる。
オレが、アメフトやるために、集めたんだ。
だからこの夏合宿でそんな部員の気持ちが少しでも変わればいいと、そう思っていた。
いや、自分が変えなければいけないと思っていた。

自分の中だけで、ひっそりと。

クリスマスボウルの夢も、口には出さず、自分の中だけにしまいこんでいた。
それすらも無意識のうちに考えないようにしていたかもしれない。




そういえば。




こいつだけは違ったな。
自分から、アメフト部に入れろと言ってきた。
何が目的だったんかな、こいつ。



だんだん思考が横道に逸れていったとき現実に引き戻されるように、声が届いた。
露峰の。




「隠すなよ」




静かに、ゆっくりと一言、放たれたというよりは紡がれたというほうが正しい、と思う。
ギョッとして露峰を見ると先刻までオレに向けられていた視線ははずされており、眼に映る横顔は真っ直ぐ正面に向けられていた。

「胸張って夢はクリスマスボウルだって言えないのかい?言うのが恥ずかしいのかい?」

違う。それは違う、と反論を試みようとしたがそれは音として出てくる前に露峰によって遮られた。



「それとも、自分にはクリスマスボウルの夢をみる資格がないだとかくだらないこと考えてんじゃないだろうね」



血の気がひく。
今度こそ、その場でぶっ倒れるかと思った。
心のどこかで小さくひっかかっていたもやもやを言い当てられた気がしたから。

自分が、部員たちの意思を無視してアメフトをやらせていたこと。
そう、やらせていただんだ。
奴らがやりたいと言ったわけじゃない。

他に手がなかったと言えばそれまでだが、どこか心にひっかかっていた。
慎重に、でも確実に、考えないように目を背けていた、事実。
かと言って、完全に忘れることなど絶対にできない、事実。

そんな自分の独りよがりでクリスマスボウルの夢まで押し付けることは果たしてどうなのか。
そもそもこういうことを考えている時点で自分のチームはだめなんじゃないか、とか。
考えれば考えるほど身動きが取れなくなる。

ああくそ!!だからあまり考えないようにしていたのに。
のどが渇く。
冷や汗もとめどなく流れる。


「べ・・・・つに・・・・・」
かろうじて出た声はかすれ、自分が何を言いたいのかもわからない。
ぼんやりとした視界に映る露峰の横顔がふぅ、と小さくため息をついた、ように見えた。

そして、言った。
「葉柱。アンタもうちょっと肩の力抜きなよ」

それは、いつものような怒鳴り散らす言い方ではなく、かといって皮肉めいた言い方でもなく、純粋な気遣いのように聞こえた。



「頼れ、なんて言ったって、意味、ないかもしれないけどさ」
なんだよ。
「アンタの気持ちはわかってる、なんて言う気もないけどさ」
じゃあなんだよ。
「一人で走るのはしんどいんだよ。一人だと思い込んで走るのはもっとしんどいんだよ」
・・・・・・何が言いたい。
「背負いすぎたら、いつか潰れる」
・・・・・・・・・・。



「・・・・・・だから、あたしにも背負わせろ。あたしくらい、信じろ」
「・・・・・・・・・・信じるったって・・・・何を信じるんだよ」
おまえなぁ・・・と露峰の顔が不機嫌になる。

いや、わかってる。
本当はわかっている。
何を信じるのか。
彼女は何を信じろと言っているのか。


こいつは、ひょっとして、全部わかっているのだろうか。
オレが考えていることがわかるのだろうか。
いっつもそ知らぬ顔をして淡々とマネージャーの仕事をこなしてはいるが。

聡い女、なのかもしれない。

少し、でも確実に、自分の中の何かが変わり始めたような気がした。
気のせいかもしれないが。
いや、そう思うことで、何か変わるものがあるのかもしれない。


「あたしの夢は、クリスマスボウルだ」

そしてオレのほうに顔を向け、アンタはどうなんだ?とでも言いたげな挑発的な目でこちらを見る。
カッ。
言いたいことだけバーっと言いやがって。
悔しくて、でもかすかに、確かに、嬉しくて、きっとオレは今何ともいえない阿呆面さらしてこいつの前に立っているのだろう。




「カッ。真似すんじゃねーよ」
強がったオレの一言に、露峰は、笑う。




オレは、こいつを信じられるだろうか。

「まだ、半月残ってる。あいつらだってまだまだこれからどうにでもなる」


信じてみるのもいいのかもしれない。
そう思った。
























メグさんはいい女だと思います。
アメフトしか見えない、見ることができない葉柱さんを陰で支えてるといい。
言葉はいらない、そんな関係が二人の基本かなぁ・・・。