初めて露峰にキスをしたのは1年の、夏だった。
クーラーもなければ扇風機もない、練習後の泥や汗の匂いが混じった蒸し暑い部室だった。
















   Aria   * それが、始まり *





















練習のあと、二人きりになるのがもはや当たり前になっていた。
マネージャーである露峰は練習後にも仕事はたくさん残っている。 データ整理・スポーツドリンクなどの片づけ・他校試合風景のビデオ編集。他にもまだまだ仕事はある。
そんな彼女の仕事が終わるまで待つのが、いつの間にか練習後の葉柱の習慣になっていた。


それにしても暑い。夏本番、容赦なく照らしてくる太陽の熱で部室は蒸し暑い。昨日まで降り続いていた雨のせいもあるのだろうか。
露峰も、この暑さに相当きているらしく手元のデータ整理は少しもはかどっていないようだった。
うだる暑さに苛立ち、露峰の横、開いていいる椅子にドカッと腰掛けた。


「カッ。さっさと終わらせて帰ろうぜ。このままだと溶けちまう」


本当に、なんとかならないものか。この暑さは。シャツの襟元に空気を送り込みながら露峰を見る。

「わかってるさ。けど暑くてあんまり・・・葉柱、別に帰っててもいいよ。疲れてんだろ」

言いながら露峰の視線が、少し上にある俺の顔を見上げるような形で自分の視線とかち合った。
その瞬間、なぜか心臓がドクリと跳ねた。
いつも見慣れているはずの露峰の顔。しかし今日はなんだか艶がある。うっすらと汗がにじんだ白い肌が妙に艶めかしい。 赤くひかれた口紅もそれをより一層引き立てる。
ごくりっと唾を飲み込む音がやけに響いた。
心音は早さと激しさを増し、どうかすると露峰に聞こえてしまうのではないかというくらいに変化している。
自分は暑さでおかしくなってしまったのではないだろうか。
葉柱は自分自身を疑った。


目をそらせずにいると、露峰は気にも留めていない様子でまた中断していた作業に戻った。




落ち着かない。




先ほどの露峰の顔を見てからどうも様子がおかしい。響く心音がうるさい。そして露峰から目が離せない。 そんな自分が信じられずにまた混乱する。
そんな葉柱のことなど見向きもせず作業を続ける露峰に少しの 苛立ちを覚える。
なんで、俺がこんなわかのわからない気分でいるのにこいつはのうのうと作業を・・・。

何の罪もない露峰に対してそんなことを思っていると、ふいに露峰の赤い唇が動いた。


「あつ」


そして、そのまま手首につけてあった髪ゴムで彼女自身の長く美しい髪の毛を1つの束にまとめた。
同時に、それまで金色の髪の毛に隠れていて見えなかった彼女の白く細い首が目の前に現れた。
今度こそ、ドクンとひときわ大きな音が自分の胸のあたりから聞こえてきたように感じた。
そして、露峰の顔がゆっくりと葉柱のほうへ向けられた。


「おい。さっきからなんなんだ。ひとのことじろじろ見やがって。なんか言いたいことでもあん…」



言い終わらないうちに葉柱は自分の唇を彼女のそれに重ね合わせていた。


露峰の、顔と片腕をつかみ自分のほうへ引き寄せながら激しく、貪るように彼女の唇を奪った。
否、味わったとでもいうべきだろうか。



「……んっ…………はっ…ぁ……」


苦しそうに露峰の息が漏れる。それでもかまわず葉柱は唇を奪い続けた。


「ちょ………は、ばしら………………っい……おい!!!」


ドンッと音がし、葉柱は露峰に押し返されバランスを崩し危うく椅子から転げ落ちそうになるのをすんでのところでこらえた。
露峰は息が上がっていて方がせわしなく上下している。

「てめえ、どういうつもりだ!!!」
息も絶え絶えに露峰が言った。

「………急に、したくなった」
「はぁ!?したくなった!?急に!?てめえはサルか!!」
「………………………わりぃ………」
「……謝るくらいなら……最初からしてんじゃねーよ」


少し勢いをなくして露峰が言った。


「……………………………」
「……………………………」

沈黙が二人を支配する。
作業に戻ろうとしている露峰だったが、手はおろそかになり全く作業は進んでいない。
何かを考えている風でもあった。やはり先ほどのことを怒っているんだろう。そう考え、どうすればいいのか分からず葉柱は黙ったまでいる。



しばらくそうしていたがやがて、
「……帰るか?」
「……ああ」


どちらからともなく立ち上がり、部室を後にする。
入口で、もう一度露峰が、たずねてきた。

「どうして、キスした」

「……………………………したくなった……から」

どうしてもその理由しか思い浮かばず、(実際そうだったから)もう一度同じ言葉を繰り返した。
それを聞いて露峰がチッと舌打ちをしたのを俺は聞き逃さなかった。



「今日一日、なんでキスしたくなったのか考えとけ!!!!」


そう言って鞄で俺の頭を殴り(あろうことか鞄の角で)そのまま正門のほうへ歩いて行った。

俺はその姿を見送りながらぼんやりと出された宿題の回答を探し続けた。































メグさんは言葉が欲しかったんです!!